大滝渓谷

コース紹介

常夜灯

常夜灯大正8年3月に村内安全と繁栄を祈願して建設された。
毎夕、灯明を上げてお参りした。
お参りは神殿と同じ東南を背にして行われた。

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伊保神

伊保神大岩から出る水を飲んだら難病が治った、イボに塗ったらイボがとれたなど、霊験あらたかで伊保神様と崇敬されるようになった。
病気が全快した人は「伊保神社」と書いた旗を奉納した。

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弁財天

弁財天「河川の神」である。
川の水を堰き止めて井溝にとり、製綿工場を作ろうとしたが、何度工事をしてもすぐに壊れてしまった。
そこで、八大龍王宮より、川下で水止めを作ったところ無事に工場が出来上がった。
そのことに感謝し、明治末期に祀られた。

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八大龍王宮

八大龍王宮この岩付近は、大蛇が美女になって現われ、自らの罪業を悔い改め昇天した所と伝えられている。
村人は昇天した大蛇の冥福を祈って、岩壁に「八大龍王宮」と刻んだ。
いつの頃からか蛇淵と呼ばれるようになった。

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岩上のケヤキ 禁軍酒(パワースポット)

岩上のケヤキ 禁軍酒(パワースポット)無染和尚がこの岩の上で座禅をし修行された。
八大龍王が昇天した天挙の根この岩に登ったところ、大変温かかったので芽が出て大木となった。

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妙昌寺

妙昌寺延文元年(1356)今から640年位前、今の鳥取県生まれの円昭上人が鎌倉からの帰り道、簗山の渓谷に草庵を作り円昭庵と称したのが始まりである。
松平親氏は簗山にしばしば狩りに来ており、明徳4年(1393)に円昭庵の三世となった無染融了に堂宇を寄進して、大梁山妙昭寺と名付け、融了を開山とした。
現在の妙昌寺に改められたのは享保年間(1716~35)であり、本堂は1854年に建てられたものである。(市指定文化財)

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下馬

下馬中本山妙昌寺に敬意を表して、大名・旗本でも馬から降りて通行しなければいけなかった。
下の下馬は、道路拡張時に取り壊された。

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不動山展望台・不動尊

明治末期に祀られた。大正9年、簗山村が例祭日を3月28日と定め、現在に至る。
参道にはどうだんつつじが、生い茂っている。

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梟ヶ城址展望台

「一夜梟しきりに鳴きて敵の来襲を告ぐものの如し。これによりて城中戦備を整えてまつ。果たして来襲ありたるも撃退するを得たり。」
という伝えをもつ山城であるが、築城者やその年代は不明である。
ここからの眺望は抜群である。

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